アラカルト

封印された眉山の神

天気予報は雨だったのですが、朝から徳島は曇りのち晴れ。日頃の行いがいいのか、偶然か。徳島2日目、今日は眉山を探検しました。眉山はもともと超神聖な場所だったはずですが、今は単なる目立つ山みたいな存在です。眉山の三角点を目指しますが、事前に調べた登り口が見当たらず、半ば諦めかけました。しかし、とりあえず適当に感で登ってみたら、ドンピシャリ。山中を迷わず頂上まで行くことができました。頂上付近にある小さな祠が「溶造皇神社」です。「ようぞうすめらじんじゃ」といいます。表示は全くなく、以前隠されまた戻されたとされる不思議な神社。なかなか見つからないので、また誰かが隠したのかと思いましたが、見つけることができました。歴史に詳しい人以外はほとんど知られていない場所ではないでしょうか。普通に行ける場所でもないですし。溶造とは、開闢(かいびゃく)を意味し、皇は今でいう天皇のこと。つまり、「国を開いた偉い人の神社」ということです。では、その偉い人は誰か。須佐之男命(すさのおのみこと)です。徳島にはかつて阿波風土記という書物が伝わっていましたが、そこには国開きはここ眉山からとあり、古事記とは異なった開闢伝説が書かれていたそうです。その後、明治時代に書物がどこかに隠されてしまいます。恐らく当時の政権にとっては不都合だったのでしょう。未だに発見されていません。古事記の話は全て阿波のこととする地元の見解もありますが、少なくともかなり重要な場所であったことは間違いありません。しかし、今はその存在自体がほぼ封印されたままとなっている典型的な場所です。そしてこの神社は一説には八坂神社の発祥の地とも言われています。ここは四方八方から登ることができ、かつては八つの参道があったとのこと。そこから「八坂」とされ、山の麓には蔵本八坂神社というところがあります。三角点付近を探査したら、降臨石と思われる巨岩も発見することができました。まさに上賀茂神社の神山と同じような構造というか位置関係になっていました。巨岩の方はもう信仰されていないようでしたが、祠の方はそこそこ信仰の痕跡がみられ、驚いたのは「青岸渡寺・熊野修験」と書かれた札が置かれていました。このような場所でも熊野と繋がるとは…。熊野三山も本来の神が隠されてしまっているのですが、本宮が須佐之男命になります。晴れた日には眉山から紀伊半島を望むことができるとのことです。今日は徳島の神秘を十分堪能できました。山から下りたら汗が凄いことになっていたので、宿泊したサンルートホテルにある「びざんの湯」で汗を流しました。本格的な温泉で露天風呂もあり、さっぱりしてから帰途につきました。

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│-│-│2020/06/28(日) 23:53

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