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社会現象としての「鬼滅の刃」:その千年の暗示

今日のニュースで女川原発が再稼働同意とのこと。私は2011年の現地調査で、当時から福島と宮城の温度差に驚きました。しかし、当事者意識というのはそんなものだと思います。ましてや京都との温度差はそれこそ深刻なものを感じました。結局、悲しいことではありますが、多くの人にとって自分の生活が大事という観点から政策が進められていきます。したがって、被災地はますます孤立していくのです。◆今朝は大学院を受験する夢を見ました。大学生ではなく、社会人として受験をし、どこの大学だかはわかりませんが、合格をします。大学関係者に会うと、なぜか陸上部に強く勧誘されますが、現役と同じようにできるわけないので、最終的には断る決意をしたところで目が覚めます。大学時代は卓球部に所属し、部活の日はまず4キロのランニングを行い、サーキットトレーニングでへとへとになった後に練習を始めていました。本格的に卓球を始めたのが大学からでしたので、リーグ戦では技術的な問題でなかなか勝てませんでしたが、合同練習などのランニングなどでは他大学のメンバーに一度も負けたことはありませんでした。短距離の方が得意でしたが、でも陸上部と比べたらまったくダメだったと思います。就職してからは、走る機会そのものがなくなってしまったので、今では週に数回ベルトコンベアーの上を軽く流す程度か、お風呂だけという日も多いです。なぜ今頃陸上なんでしょうか。◆さて、このところアニメの「劇場版『鬼滅の刃』無限列車編」が破竹の勢いですでに社会現象となっています(画像は公式HPより)。先週の金曜日に公開されましたが、わずか3日間で342万人を動員し、興行収入は46億円とのこと。過去最高だった「千と千尋の神隠し」にどこまで近づけるかが話題になっています。名前は知っていましたが、内容を知らなかったので、時間があるときにちょっと調べたりしていました。また、今日から関テレでテレビ版が再放送されるというので、早速見てみました。結論としては、いわゆる「戦いもの」の一種で、個人的な印象としては「ゲゲゲの鬼太郎」に近いと感じました。ひたすら鬼と戦い、鬼になった妹を人間に戻すために努力するというストーリー。時代が大正ということもあり、このアニメが契機となって大正ロマンブームも到来しているとのこと。一方で、現代になっても鬼のイメージが変わらない点に疑問を感じました。たいていの鬼はそもそも人間であり、桃太郎などのおとぎ話などによって妖怪のようにされてしまったのです。桃太郎(吉備津彦)が退治した鬼は温羅という人物、また酒呑童子も阿弖流為もいわば朝廷に刃向かった地方豪族の人で、それぞれ地元ではとても慕われていた人物です。彼らからしたらアニメの主人公こそが鬼になるわけです。1000年以上前に創作されたフェイクストーリーの暗示が未だに解けていないということに考えさせられました。一方、このブームを歴史や伝統といった分野で利用しない手はないとも感じました。

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│-│-│2020/10/23(金) 21:54

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