アラカルト

「コンサベーティブ・ミュージアム」と「クリエイティブ・ミュージアム」

有り難いことに、低気圧が去ったのか今朝には頭痛は治まりました。ただ、今後繰り返し低気圧がやってくるようです。春らしくなってきました。◆今朝の日経新聞・春秋欄に、博物館収蔵資料の廃棄問題に関連して、渋沢敬三氏(渋沢栄一の孫、日銀総裁・大蔵大臣)が収集した「足半(あしなか)」について触れられていました(詳細は新聞を参照下さい)。記事の最後に「物を一度失えば、その声はもう二度と聞けない。」とありますが、一方で増え続ける資料をどう保管管理するのかという課題は大きいです。1951年に博物館法ができてから75年となり、失われた30年を経て渋沢敬三さんのように文化政策を真剣に考えられる政治家もおらず減税に関する「国民会議」に視点が集まる中、文化行政に関する予算措置ができるわけもありません。私もかつて博物館で働いていたときに、コンクリートのような攪乱層をスコップで掘り続け、資料の入った重いテンバコ(堅牢な箱のこと)を運び続けた結果腰を痛めましたが、その資料のほとんどが展示もされないまま収蔵庫に眠っています。またそれらを見る人も限られます。人も予算も限られる中、あらゆる物を保管管理することは不可能です(博物館の対象は有形・無形含めて全てですので)。なので、文化財であってもそろそろ資料トリアージ(優先順位)の考え方を確立していくのは当然のことでしょう(収集段階ですでにトリアージされている)。一方で、これまで「民具」と捉えていた概念を拡大する必要も感じています。昔ながらの足半を今でも使っている人はほとんどおらず、現代において民が使ってる道具の象徴となるのは「スマホ」でしょう。それらを収集しないというのもおかしな判断だと私は考えます。そう考えると、新たに保管管理すべき資料は山のようにあるということです。と同時に、古い物を保管・展示するだけでなく、これからの未来にどう繋げ活用するのかという視点が強く求められます。私は以前からこれまでの学芸員(キュレーター)を「コンサベーティブ・キュレーター(資料の保管・研究・展示を中心とした専門家)」と捉え、今後はそれに加えて「クリエイティブ・キュレーター(資料の普及(教育だけでなくSNS・AIを取り込んだ広報なども)・活用<企業と連携した新商品開発化も含め>)」の必要性について提言しています。ただ、この活用というのは、どちらかというと経営的な分野となり「マネジメント」や「イノベーション」「サイエンス」の知識が必要となり、今の学芸員の位置づけからだいぶ変わってくるし相当な知識・ノウハウが必要なので、現実的ではありません。むしろ、そうした知識をもつ人々がタッグを組んで取り組む分野だと考えています。それを、これまでの「コンサベーティブ・ミュージアム」に対して「クリエイティブ・ミュージアム」と称してもよいでしょう。たとえば、足半は写真の左にある「踵のない草鞋」ですが、これは動き回る際に踵があることがいろんな面で邪魔になるために工夫された「究極の機能的シューズ」なのです。近年では、その機能が様々見直されており、足指の筋力強化や姿勢改善等の側面が着目され、健康サンダルとして改良され販売されたりしています。この背景には「歴史」「民俗」だけでなく、「健康」「医療」「科学」「靴」といった分野とクロスしていることがわかります。過去を過去としてその位置づけを整理・提示するだけでなく、これからの博物館ではこうした学際研究や応用研究をしていくことで「現代にどう活かしていくのか」ということも考えないと専門家以外見向きされないまま死蔵することになります。かといって、予算も人もない状態でできることは限られるので、個人的には取り組みとして行われている活動を少しでもクローズアップできればと考えています。

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│-│-│2026/02/26(木) 09:38

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