アラカルト

神様との遭遇

なんだかGOTOを巡って大混乱のようですが、当分穏やかな日は来ないように思われます。気をつけて行動するしかありません。◆今日は7月17日。本来なら祇園祭の山鉾が巡行するメインの日ですが、寂しいものです。それでも、仕事終わりに八坂さんに寄ってみたら何やら結構人が集まっていました。ちょうど御旅所を巡る神様が神馬に乗って出発するところだったのです。お会いできてとてもラッキーでした☆また、今年は御千度詣(おせんどまいり)という行事をしていました。過去に疫病が流行る度に行われてきたそうです。私も札を買って巡り、疫病退散を祈願いたしました。ところで、祇園祭は日本の三大祭りの一つとして知られ、日本の古い文化と考えられてはいますが、その起源はどこにあるのでしょうか。以前に少し調べたところ、インドにおける山車文化としては、南東部オリッサ州プリーという地域に行われる「ラト・ヤートラー」という山車の出るお祭りが同国でとても有名で、祇園祭の起源とされることがあるようです。また、細かく調べてみるとインド南部のマドゥライという地域にも「チッタレイ祭」といって、同じような山車が登場します。一方、インドの北、ネパールのカトマンズに、「セトマチェンドラナート・ジャトラ」という祇園祭で用いられる山車と非常によく似たお祭りがあります(「ジャトラ」とはお祭りを意味する言葉)。また、カトマンズに隣接するパタンという地域では「ラトマチェンドラナート・ジャトラ」というお祭りがあり、意味はよくわかりませんが、どうも「セト」と「ラト」でセットになっているようです。私はこのネパールの山車文化に注目しています。なぜかというと、カトマンズやパタンの西方向には牛頭天王を祀っていた祇園精舎があり、南方向には有名なブッダガヤがあります。それぞれが、ほぼ300キロ圏内に収まります。秦氏等の渡来人を通じて、仏教文化とともにこの地域の山車文化が日本にもたらされたのではないかと考えています。前に京都文化博物館の山鉾の展示を見ていたときに、保存会の方が起源はユダヤのシオン祭であると考えているといった表現がありましたが、少し飛躍している感じがします。たしかに秦氏の系統にはヨーロッパの血が入っていることは恐らくそうであろうと思いますが、山車文化についてはインド・ネパールのものだと考えています。生きている間に一度は行ってみたいところです。

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│-│-│2020/07/17(金) 21:33

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