アラカルト

AIによって教育の何が変わるのか

浜岡原発で深刻な問題が起きましたね。今政権ではイケイケどんどんで原発政策が推進していますが、必ず事故は起きます。前に本で書きましたが、原発は事故処理技術が確立されておらず、また最終処分方法もこの15年ほとんど進んでいないいわば未完成技術・政策がまかり通っているのです。最低限の稼働は仕方ないと思いますが、二度と福島の悲劇を生まないためにどうするのかを世界中で考えないといけない問題だと思います。◆昨日はAIに関する研修を受けました。最近こうした研修ばかりですが、AIも所詮機械ですし、できることは限られます。ただ、今後の教育において恐らく「座学」というものが大きく変化します。私の予測では近い将来先生がいらなくなります。そういう学習スタイルがあっという間に広がるでしょう。極端な話し、学校もいらなくなる。ですから、学校の存在意義は座学以外の学びということになります。私がアクティブラーニングで追求してきたのもその点であり、自分で考える、共に考える、プレゼンする力、本物を見る力、フィールドワーク、社会人との繋がり、自分で行動する、自分でつくる、などです。ただ、課題や企画参照としてAIを部分的に使わせることはありますが、あくまで補助的に使わせます(依存させない)。方向性は間違っていないかったなと思っていますし、これまでの思索と実践についてはいつか本にしたいと思っています。一方で、大学はいろんな授業があってよいので、AI利用学習を否定するものではありません。ただ、AI利用は多くの電力を使用し、それが原発稼働の大義名分になっていることはもっと議論すべきでしょう。昨日大きな地震がありましたが、結局また事故が起きでも誰も責任をとらないのですから。

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│-│-│2026/01/08(木) 12:36

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