アラカルト

天野の楽園 〜丹生都比売神社〜

台風の影響で雨ばかり。何もする気が起きませんので、体を休めることを意識したいと思います。◆さて聖地巡礼の続きですが、初日は五條市のビジネスホテルで一泊し、翌日は和歌山県のかつらぎ町を目指しました。目的は丹生都比売神社(にうつひめじんじゃ)です。この神社はもともと高野山にあり、空海上人が金剛峯寺を開くために場所を提供したとされ、この地に鎮まります。丹(に)とは「水銀」(古くは水汞<「みずかね」と称した>)のことで、中央構造線沿いには原料となる辰砂がかつては多く産出されました。太古の時代から水銀は赤い顔料(水銀朱)として使用され、また鋳造などにも重宝されたようで現在ではほとんど取りつくされています。こうした、辰砂の採掘や水汞の精錬をする一族に丹生氏がおり、この地の丹生氏は高野山を中心に活動していたものと考えられます(丹生氏全体は全国にちらばっています)。彼らが祀る神様が「丹生都比売命」です。以前、熊野の地域連携をしているときに「丹敷」という言葉を調べていて関係性を探求していたことがあり、日本史において水汞は非常に重要な鉱物であったことを知り、一度訪れてみたいと思っていました。やはり、ここも山奥で静かな場所でした。社殿も立派です。前日の天河大辨財天社よりも気が合います。はやり私は山の人間なのだと思います。空海上人に譲渡したとされますが、政策的に移転させられたのでしょう。水汞の利権も押さえられたとする説もありますが、その可能性は高いと考えています。丹生氏の人々は渡来系であったようですが、それ以前は恐らくこの辺りも高野山も「和歌山の高天原」であったように思われます。この神社の立地する場所は「天野」といい、俗に「天野の里」と呼ばれます。奥山に開かれた楽園のようなところで、昔ながらの景観が残っています。昔の縄文人はこの地でどのような生活をされていたのでしょうか。ちなみに、昨日の天河大辨財天社の下を流れる川は「天の川」ですから、太古の人はこうした深山を「天(あま)」と呼んだのでしょう。ということで、この夏は前から気になっていた場所に訪れることができて良かったです。

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│-│-│2026/08/13(木) 09:01

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