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アラカルト民俗知と文化の復興朝から切れ目なく授業や会議・学生との打ち合わせ。最近はお昼休みにも会議が入り、どこで休んだらいいのやら。最近、いろんなところで「民俗知」という用語をよく聞ききます。昔はまったく使わなかった。民俗伝承とか、民俗事象という風に使っていました。この間、廃村研究の中で民俗知の継承云々の話が出ましたが、結局すべての民俗事象を継承するのは無理なのです。どこかで取捨選択しなくてはなりません。過疎地域よりむしろ、都市部の方が深刻な継承問題があると思うほど。ここ30年くらいはそんな話も聞かなくなっていたら、「民俗知」が登場してきました。言葉を使うのは簡単ですが、いざ採取してまとめるのはほんとにしんどい仕事です。ただ、私はやり方によってはたとえ廃村になっても民俗復興はできると考えています。学生の頃は各大学に民俗学研究会が乱立し、まさに熱にうなされるようにフィールドワークに行ったもの。私は柳田民俗学の方法論を叩き込まれたので、正確に調査をすることはできますが、いまの人にそれができるのだろうかという思いがしています。久しぶりに使ったのですが、写真の本は私が以前東京都港区の調査員として膨大なヒアリングをした内容をまとめた本。当時、漁業をしている人は皆無で、「民俗・民具はない」とまで東京都の報告書に書かれていましたが、何とか関係者を見つけて調査をし、海洋民俗の再構築を行った報告書です。会社に移ってから、夜中や土日にちまちまとテープ起こしをして、結局本にするのに10年の歳月がかかりました。このように、無いと思われていたものでも、やりようによっては1冊の本にできてしまいます。とくに小杉房太郎さんという元漁師さんにはとてもお世話になりました。江戸前の漁師らしく気性のとても荒い人で、気分が悪いと追い出されることも何度か。それでも知識量が凄いので嫌がられながらもしつこく調査をさせて頂き、最後は「何かあったら資料館に記録と民具を借りに行くからな!」という光栄なお言葉を頂くことまでできました。後になって分かったのですが、彼の息子がショーン・コスギさんで、お孫さんがケイン・コスギさんだったというのは、ふとテレビを見ていて知りました。確かに土間に忍者の写真が飾ってあったのを覚えています。話はそれましたが、最近の地域振興活動でもその土地の歴史や民俗をもっと採取してほしいと願っていますが、この頃はほとんど総合調査が行われなくなりつつあります。今だから理解できますが、柳田先生や谷川先生は土地の民俗を調べることで、実は日本人の起源までをも明らかにしようと果敢な挑戦をしていたのです。多くの民俗誌が書棚に眠っていますが、これからは民俗事象のデータベースを構築しもっと比較・追加研究をしていく必要があると思っています。日本には至るところで数千年前の伝承が普通に伝わっていたりするのです。ただ、このまま都市化が進むとそのうち消えていくでしょう。今日のお菓子は先行った久留米の「くるめんべい」。ほとんど学生にあげてしまったので、貴重な最後の1枚。学生は辛い辛いと言っていましたが、明太子が入っているので当たり前なのですが、お土産としてはもう少し辛さを抑える必要があるのかもしれません。なんだか、長文失礼しました。
│-│-│2017/11/29(水) 23:00│
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