アラカルト

印象に残るということ

やましな駅前陶灯路が無事終了いたしました。ほんとに多くの方々と交流することができ、楽しかったです。ありがとうございました☆学生さんもほんまにお疲れ様でした☆2時間は短いですが、短いからこそ印象に残るのかもしれませんね。

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│-│-│2018/10/13(土) 23:20

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人を大切にする社会をどう考えるか

朝から草津で会議に参加し、そのまま大阪・長居にある自然史博物館へ。学芸員資格の会議に参加。地方独立行政法人化のお話や、文化庁の方のお話を。文化庁はこの10月から組織が大きく変わりました。ただ、人は増えていないようです。一方で各種答申等により施設への要望は増えるばかり。結局うまくいかないどころか、混乱が広がるばかりでしょう。もっと専門性を大切にしたり、人を大切にする社会を考えないと、疲弊してしまいます。今後は、お金と人材を抱き合わせで提案するよう要望していきたいと思っています。担当の学芸員さんから「きのこ展」の解説をいただきましたが、とっても面白かったです。展示や体験プログラム、グッズ開発もかなり工夫がなされていました☆その後、先生方や学芸員の方々との交流会を。卒業生にも偶然遭遇。元気そうでした。いろいろとお世話になりました。今日のスイーツは苺のケーキでした☆

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│-│-│2018/10/12(金) 23:39

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「安土・近江八幡まちづくりシンポ」のご案内

木曜日はやっぱり授業が終わるとグッタリです。でも、世界バレーがあるので後片付けをしてからダッシュで帰宅。強豪ブラジルに対してストレート勝ちかと思える状況がありましたが、フルセットの末残念ながら負けてしまいました。でも取得セット数の関係で無事3次リーグ進出が決定しました☆おめでとうございます。さて、急な話になりますが、今度の日曜日は安土城再建チームが近江八幡の図書館でまちづくりシンポを開催いたします。昨日やっとチラシが届いたのです。私もパネリストでチラッと参加することになりました。非常に盛りだくさんな内容となっていますが、もしご関心がありましたら、ぜひともご参加下さい。今日のおやつは生協で売っていた「おからドーナツ」。初めて見たので買ってみました。外側は少しパサパサしていましたが、中に餡子が入っていたので、丁度良い味のバランスで結構パクパクいけました☆

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│-│-│2018/10/11(木) 21:46

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元四天王寺・元いなり & 勾玉

今夜の世界バレーは凄かったです!ここまで全勝のセルビアに逆転勝利(パチパチ)。最初は連続ポイントを奪われるなどしてボロボロでしたが、その後蘇りました。とても良い試合を見ました。山科の星・井上琴絵選手も最後にインタビューを受けていました☆さて、しつこいですが、大阪の最後です。生國魂神社の後は、大阪城近くにある玉造稲荷神社という所に行きました。実は、この神社と森ノ宮はかつて一緒であり、「元四天王寺」と言われていたそうです。四天王寺は2回つくられたようです。元四天王寺なのに両方とも神社なんです。しかも、稲荷神社と言いながら、伏見稲荷よりも創建が100年以上も古い。なので「元いなり」とも呼ばれています。稲荷神の発祥と何か関係しているのでしょうか。不思議な神社です。生國魂神社でも勾玉との関係が浮かんできましたが、この玉造稲荷神社はまさに勾玉そのものが関係した神社。ここに玉造部(勾玉製造拠点)があったわけです。大阪環状線に「森ノ宮」や「玉造」という駅があるのは知っていましたが、これほど古い由緒があるとは思いませんでした。いろいろと歩いてみるものです。私は玉造とは縁があり、自宅以外で最も長く宿泊滞在した場所は島根の玉造です。以前島根で買った勾玉はいつもクルマに付けていて、お守りにしています☆

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│-│-│2018/10/10(水) 23:59

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奇妙な合致

昼間はまだ暑いですが、秋の夜長は良い感じになってきました☆で、以前の大阪の続きです。まだあるんです。四天王寺を見た後に行ったのが、すぐ近くにある生國魂神社という所。よく分からずに寄ったのですが、ここがもの凄い神社でした。祭神が生島大神、足島大神。でも、「いくたまさん」の愛称で知られ、土地の名前も生玉。それで「国土全体の國魂の神」というのですが、なんだかわけわかりません。境内には他にもいろいろ祀られていますが、なんとなく新しさを感じます。よくよく調べてみると、元は今の大阪城のところにあったそう。上町台地と呼ばれるところ。蓮如さんが石山本願寺をその隣に創始し、その後秀吉が大阪城を建設するのに、神社をまるごと今の場所に移転させたため、新しく感じたのです。つまり、大阪城の本家本元であり、石山本願寺の「石山」は恐らく「磐座」を意味します。かなり巨大な磐座が上町台地にあったはずです。秀吉はそれを隠したか、石垣に利用したか。罪なことをしたものです。そして、生島・足島を、生玉・足玉に置き換えると、十種神宝につながります。つまり、神武天皇の創始とされていますが、もっと古くニギハヤヒの降臨と関係する神社であることは間違いありません。ここから話はややこしくなるのですが、実は生島足島神社というのは長野県の上田市にもあるのです。後に長野に分祀されたとの説もあるようですが、よく調べてみると建御名方富命が諏訪へ向かっていた時、生島・足島両神に米粥を煮て献じたという伝承があります。つまり神武天皇よりも古い可能性があり、この上田辺りはニギハヤヒと関わる土地だったのではないでしょうか。つまりいくつかある高天原の一つである可能性が高いと考えます。長野や山梨は縄文遺跡がそれこそ無数にあり、当時から信仰されている土地のような気がしました。で、驚いたのは諏訪大社の背後にある神奈備山の名を「守屋山」。諏訪の神をお祭りしている氏族が守矢氏。守屋山の麓ににはなんと「物部守屋神社」があります。そして、物部守屋が捨てた阿弥陀仏を祀った寺院が善光寺であり、この諏訪大社・生島足島神社・善光寺はほぼ南北にそろって建てられています。一方、大阪城と四天王寺もほぼ南北線上にあります。非常に奇妙な合致です。ニギハヤヒは物部氏の祖神とされますが、かつて居たところが長野であり、ニギハヤヒ降臨に随行し、蘇我氏に殺されてから、地元にその霊を祀ったような気がしてなりません。なんとなく立ち寄った四天王寺と生國魂神社ですが、不気味なほど長野と深い関係にありました。その後、ニギハヤヒは隠されますので、移転も加わりわけのわからない状況になったのでしょう。って、いつも勝手なことばかり書いていますが、結構いい線いっていると思います。証明する手段はありませんが…。生國魂神社の中で特に霊気が強かったのが鴫野神社(巳さん)。ここも元は現在のOBPの所にあった「弁財天」です。だから白蛇であり、セオリツヒメ。女性の神であり、あの淀君が深く信仰したようです。表に「心」の字があり、裏に「縁」がある面白い提灯が飾られていました。お昼は学内のカフェに新メニューとしてできたスパゲッティーを。学食よりちょっと高級な感じが良かったす☆

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│-│-│2018/10/09(火) 23:12

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