アラカルト

愛が感じられる場所

今日も良い天気☆あまりに気持ちが良いので、今朝は勧修寺へ。でも、とにかく道がクルマで溢れかえっています。裏道の裏道を駆使して進みます。特別拝観中の書院を見に行ってきました☆13年ぶりの公開だそうですが、実は一度も中に入ったことがなかったんです。天皇の旧殿を移築したものですから、御所に入るのと同じようなもの。しかも天皇さまがお座りになる上段の間に入ることができます。すごい。書院の絵も素晴らしかったです。しかも写真撮影OK。お庭も楽園のようでした。勧修寺は醍醐天皇が若くして亡くなった母親・藤原胤子のために建てたお寺です。その後、藤原高藤さんのお墓に。高藤さんは藤原道真さんと同世代の方で、胤子さんのお父さんです。お墓は勧修寺近くの山の上にあり、これまで登ったことがなかったので、登山してきました。入口はわかりにくく、一般の家の中を通っていかないといけません。ただ、お留守だったようで挨拶ができませんでしたが、大きな犬に抱きつかれました!襲われることはありませんでしたが、かなり焦りました…。山の麓には弟の藤原定方さんのお墓(写真の石塔)があり、その奥の道を上っていったらありました。樹木が伐採されていたので、とても見晴らしが良かったです。山科が皇室と関わりが深いのは、彼がここに鷹狩りに来て、その時たまたま大雨が降り、この地の豪族の家に泊めて貰うことになったからです。そして、その家の娘であったは宮道列子さんと結ばれますが、身分差があることから、親から鷹狩り禁止命令が出ます。しかし、高藤さんは彼女を忘れられず、6年後に戻ってきてます。彼女の傍らには6歳になる女の子がいました。その子が胤子さんです。勧修寺周辺はいろんな愛が感じられる場所です。紫式部は藤原定方の曾孫であり、源氏物語の構想は関係筋からも得ていたと考えられています。車ではジムに行くのによくこの脇を通るのですが、なかなか機会がないと行かないところってありますね。行きたい場所は山のようにあります。京都ってほんとに凄い場所です。お昼は椥辻のサフランさんでチキンとカボチャのカレーを頂きました☆あれ、昨日もカレーを食べたような…

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│-│-│2019/05/03(金) 22:56

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山科の宝もの

やっと晴れましたね!今朝はちょっと疏水をお散歩して、山科駅の北部にある安祥寺まで行ってきました☆5月10日まで特別公開されているのです。この安祥寺は、入唐僧であった恵運さんが9世紀半ば頃に開基した真言密教系の由緒あるお寺ですが、残念なことにお寺さんの事情で基本非公開なのです。ただ、観音堂に安置されている十一面観音立像がとにかく素晴らしいのです。この観音さん、不思議なことにお寺の創建年代よりも古く、奈良時代後期の作と考えられています。そう、私も最初に見たときに奈良の仏さんと似ているなぁと思いました。いまから12年ほど前でしょうか、山科のガイドブックを編集する関係で一度取材させて頂いた際、特別に見せて頂いたことがありました。当時の境内はとにかく荒廃した感じではありましたが、この観音さんの素晴らしさはずっと目に焼き付いていました。その後、2010年に「大遣唐使展」というのが開催された際に、この像が出展され一般に知られるようになったようです。今日は隅々までお寺を見学しましたが、境内は見違えるほど綺麗になり、かつては枯れていた池の水も戻っているのを見て涙が出るほど嬉しかったです。事情があるにせよ、地域にとっては宝のような場所だけに少しずつでも復興していくのを見られるのは有り難いものです。3年に1度でも良いので特別公開されることを期待したいですし、いつか京都国立博物館に寄託されている木造五智如来像も上寺は無理にしても何らかの形で戻ってきたら良いなぁと思います。ちなみに、その五智如来像ですが、今年の3月、国の文化審議会において重要文化財から国宝に格上げされることになったばかりなのです。これから、ますます山科の魅力が広がっていくと良いですね☆今日のお昼は、スマイルキッチンジクさんで薬膳カレーを頂きました☆前に食べたときより美味しくなっている感じがしました☆

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│-│-│2019/05/02(木) 22:23

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令和の祈り

今朝はご来迎を見ようと思い、早めに起きる予定でしたが、目が覚めたのは7時でした(笑)カーテンを開けたら雨だったので、まぁ良しとしましょう。伊勢神宮は遠いし、混んでると思ったので、仕事前に「京都のお伊勢さん」として知られる日向大神宮に寄ってきました☆車で5分で行けるお伊勢さんです。本殿から山を上がった所に伊勢大神宮遙拝所があり、お伊勢さんに向かってお祈りができるのです。令和の時代の平和とみなさんのご多幸をお祈りいたしました。いつもよりは人はいましたが、それでもまばらな感じ。そこが良いのです。ただ、今日の日付の入った御朱印が欲しいのか、社務所の窓口だけ数人並んでいました。ここは伊勢神宮や平安京ができるずっと以前からあります。実は遙拝所から伊勢のラインが先日見つけた大岩の上を通ることがわかりました。また天の岩戸もよく観察したらかなり大きな岩で、例の大岩と同じ材質みたいでした。ここも有史以前の信仰の場だったのかも知れません。なんだか最近石ばかり見ているような気がします。神様にお祈りはしましたが、執筆の神様は今日も下りてこなかったので、ウンウン言いながら資料を確認したりして文章作成。これほどまとまった時間はなかなかとれないので、着実に書き進めていければと思います。

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│-│-│2019/05/01(水) 22:14

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死者さえも蘇る神宝とは

今日も雨…1日原稿執筆していましたが、なかなか筆が進みませんでした…どうも神様は降りてこないようです。さて、改元で大きな節目を迎えますね。改元といっても日にちが変わるだけですが、本当にそれだけでしょうか。改元における「祈りの力」というのは、人知を超えた何か不思議なエネルギーがあるのを感じます。その源となるものに「三種の神器」がありますが、私はそれより古いとされる「十種の神宝(とくさのかんだから)」が気になって仕方ありません。京都市伏見区には伏見神寳神社があり、ここに十種の神宝が納められているとされています。写真はこの神社のお守り。諸説あるとは思いますが、私はニニギとニギハヤヒが高天原から天降りる際に持ってきたのは、十種の神宝の方であると考えています。それも最低で2セットはあったはずなのです。その後の時代に「三種の神器」に置き換わってしまった。奈良の石上神宮にもかつては十種の神宝があったとされますが、今は祝詞のみが伝わります。「一・ヒト 二・フタ 三・ミ 四・ヨ 五・イツ 六・ム 七・ナナ 八・ヤ 九・ココノ 十・タリ ふるへ ゆるゆると ふるへ」と唱えながらゆっくりと神宝を振り動かせば、死者さえも蘇るとされています。石上神宮にあったものは、現在大阪市平野区にある楯原神社にあるとされています。戦国の混乱で石上神宮にあったものが持ち去られ、その後秀吉が取り戻し生国魂宮に鎮めましたが、幕末混乱期に再び持ち去られ、町の古道具屋で発見されこの神社に収まったと由緒で伝えています。昭和に入って、石上神宮側から返還要請があったにもかかわらず、返還せずに今に至るようです。それから、物部氏と関わりのある秋田県大仙市の唐松神社にも十種の神宝の一部である奥津鏡・辺津鏡・十握剣・生玉・足玉が残されているそうです。一部というのが生々しい。しかも、鏡と玉が石製であると伝えられており、それが本当なら金属器文化以前の文化的痕跡といえるかと思います。興味深いことに、この唐松神社には、偽書と呼ばれる『物部文献』が保管されており、現在でもまだその一部しか公表されておりません。真書でも偽書的な部分があり、偽書でも真書的な部分があります。ところで、日本には古史古伝と呼ばれる偽書などに使われる神代文字(かみよもじ)と呼ばれるものが限りなくあります。それはなぜなのか。科学が発達した今日では呪術などを論じられることも少なくなりましたが、縄文時代の精神的根幹は恐らく呪術的なものであったろうと私は考えています。なぜ縄文時代には文字が使われず、その後神代文字というものがどうして開発されたのかをずっと考えていた時がありました。結論的に、縄文人は「言葉=言霊」を呪術的にとても重んじていて、たとえ外部から文字が入ってきたとしても(例:北海道異体文字等)定着はしなかった。むしろ、大事なことは言葉で伝える時代がものすごく長い時代続いたのだろうと考えるようになりました。しかし弥生時代以降、大陸から文字を含め様々な文化や人が入ってきた頃から、完全に拒むことができなくなり、独自の文字を考えはじめた。同じ文字でも多くの種類があるのは、文字に込められた魂を表現するため、使用目的に応じた文字が開発されたのではないか、という思いがあります。山・やま・ヤマでは、意味は同じだが、印象は全く異なります。なぜ、神社に行書体のような阿比留草文字が多く残されているかというと、あのくねくねした文字は祈りの文字として最適だったからではないかというのが私の考えです。つまり祝詞(呪言)に対して、祝字(あるいは呪字)というべきものをを生み出したのが神代文字だと思うようになりました。一方で、古事記・日本書紀時代の焚書から文書を秘匿するのに神代文字が使われた(作られた)可能性も高いわけです。いろんな側面から検討しなくてはいけないのですが、明確な根拠が少なすぎるので想像の域はでません。引退したら、こういう分野の研究を真面目にしてみたいと思ったりしています。かなり脱線しましたが、天皇とは神官の最高位にしてその人生をかけて祝詞を唱え続ける人物なのです。平成は世界の至る所で戦争やテロが絶えませんでした。むしろ多くなったと思います。令和では、世界中が平穏になることを心より祈りしたいと思います。明日はお伊勢さんに行きたい気分ですが、大混雑なんでしょうねぇ。今日のお菓子は粽でした☆

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│-│-│2019/04/30(火) 21:19

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夢中になれるもの

天候不順が続きますが、時代の変わり目が近づきなんとなくソワソワした気分になりますね。さて、注文していたあるものが届きました☆趣味のレストア用の完成記念プレートと車種記号エンブレムです。レストア作業がなかなか進んでいないので、先にこちらを仕上げてしまいました。気が早いと言われればそれまですし、そこまでするのかと呆れる人もいるでしょう。まぁ、いいんです、好きでやっているので。変なことにこだわる私。恐らく作業完成は来年でしょうから、プレートには「2020」と既に刻印。オリジナルの車種記号は「JX」とか「JL」なんですが、私のは「スペシャルエディション」と命名しているので、「SP」に。ちなみに、数年前のドラマ「SP」が好きだったので、ちょっとオマージュしています。オリジナルはプラスティックですが、同じ素材で作れなかったので、真鍮製です。イメージ通りの仕上がり☆厚みは薄いですが、ヘアライン処理がされているので、重量感と高級感があります。会社を探すところからいれると4ヶ月くらいかかりましたが、こういうものを一つ一つデザインして作っていく過程が面白い。どんなに年齢をかさねても、夢中になれるものをもっていたいものです☆

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│-│-│2019/04/29(月) 22:14

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