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アラカルト「タチバナ スタジアム」がオープン!時折雨や霰が降る生憎の天気ではありましたが、本日無事タチバナスタジアムのオープニングセレモニーや記念試合が開催されました。大学から歩いて5分くらいの山間を利用した場所に、サッカーグラウンドとテニスコートなどの施設が完成したのです。今日は、京都市長はじめ、議員の方々、企業の方々などがセレモニーに参加されていました。また、天候が悪かったにも関わらず、地域の方も多数観戦に来られていました。有り難いことです。メインイベントは、「京都橘高校サッカー部 対 京都橘大学サッカー部」でした。結果は「1−0」で大学が勝利。さすがに、戦術面では大学の方が上でしたが、危ない場面は5回くらいあったでしょうか。面白い試合でした。うちの4回生ゼミ生にサッカー部員が結構いましたが引退してしまったので、知っている選手は控えの学生(昨年度1回生ゼミ生)だけでした。ただ、その子は途中出場でき、伸び伸びと動いていたので嬉しく思いました。また、ファールがあってもお互いタッチして分かれる場面を見ることができ、とても気持ちの良いものでした。選手はもちろんですが、裏方で動かれていた大学の事務職員の方々もいいプレーをしていたと思います。私はどうしてもイベントマネジメントとしてスタッフの動きを見てしまいます。新しい施設かつ天候の悪い中、大変お疲れさまでした。今後、このスタジアムが地域に開かれた新たなスポットに育っていくことを祈ります。
│-│-│2022/03/06(日) 21:34│
アラカルト苦境に立つ民間博物館比較的暖かい1日でしたが、黄砂が酷くクルマがドロドロ…。明日はまた真冬に戻るようです。着るものに気をつけましょう。◆今日は1日雑務をこなして終わり。新しい経営学科の仕事だけでなく、旧都市環境デザイン学科の仕事もあるので、細かい時間を結構とられます。いつになったら研究モードになるのだろう。ただ、焦りは禁物。◆夜に日経新聞の夕刊を開いたら、よくみる写真がドーンとあってビックリ。コロナ禍で苦境に立つ民間博物館として兵庫にある「日本玩具博物館」が取り上げられていました(詳しくは新聞を参照下さい)。数年に一度は実習生を受け入れていただいているので、とても関係の深い施設です。外出自粛の影響で入館者が激減し、経営がとても苦しいようです。現在は雛祭りの展示会を開催中ですので、もしご関心がありましたら、ぜひ訪問していただけると嬉しく思います。私も時間をみつけて行こうと思います。
日本玩具博物館(兵庫県姫路市香寺町中仁野671-3) https://japan-toy-museum.org/ │-│-│2022/03/05(土) 21:39│
アラカルトリアルとバーチャルの狭間でロシアがウクライナの原発を攻撃したと聞いて絶句しました。プーチンは気がふれているとしか思えません。内部で誰か彼の暴走を止めないと、さらに大変なことになるかも知れません。◆今日は後期のリフレクション・デイを開催しました。1回生が学修の振り返りを行うのと、来年度の履修に向けたガイダンスなどです。基礎クラスは選択制にするのですが、それぞれの先生が2分間の動画をつくり、授業のプレゼンテーションまでしています。プログラムは対面で行いましたが、ツールはパワポと動画。私はあまり好きではありませんが、もうそんな時代です。なので、対面でなくてもいいような。せっかく集まったので、できるだけ交流のプログラムも合わせて行いました。遠隔は便利ではありますし否定はしませんが、一方で遠隔授業だと「実感がもてない」と話す学生も多く、私は今後もリアル(実感のもてる授業)を追求します。◆夜にたまたまNHKの「関西熱視線」で、釜ヶ崎で居住支援を続ける人の番組を見ました。NPOの活動なんですが、こうした活動がきちんと評価されることが重要だと思いました。とにかく、20歳の相談男性が「大人がこわい」と発した言葉に酷く共感しました。大事なのは、大人が変わることなのかも知れません。
│-│-│2022/03/04(金) 21:15│
アラカルト寺澤勉先生の思い出今日は雛祭りですが、すみません。訃報のお話しです。学会からのメールで、ずっとお世話になってきた寺澤勉先生が2月13日にお亡くなりになっていたことを知り、大変ショックを受けています。心よりご冥福をお祈りいたします。先生のご業績として知られているのは、東京モーターショーの計画や研究に長年関わられてきたことです。一時代前、東京モーターショーは日本一集客があった巨大イベントで、いかに混雑を緩和するかなどを展示工学的視点から研究され、実践に生かされていました。ディスプレイ関連の協会や学会でも活躍され、私も日本展示学会の事務局や学会誌編集、あるいは展示学事典を編纂する際に大変お世話になりました。また、20年ほど前、うちの大学に文化政策学部ができたとき、大学と京都文化博物館を会場に研究大会を誘致したのですが、京都まで来て下さりエールを送っていただきました。自分に厳しく人に優しい人格者でした。やさしい笑顔しか思い出せません。ただ、拓殖大学時代にちょっと頑張り過ぎてしまって、一時ご病気をされ、その後復帰されましたが、この数年はコロナもあってお目にかかれていませんでした。とても残念です。私はその後公共政策に軸足が変わってしまいましたが、少しでも先生の研究を次に繋げられたらと思います。
参考:寺澤勉先生のご業績(千葉大学のサイト) http://design-cu.jp/sakuhin_web/ta/terazawa_tsutomu/index.html │-│-│2022/03/03(木) 21:14│
アラカルト研究倫理と研究道徳芸術文化交流を契機に、1971年に京都市とキエフ市は姉妹都市を提携していたということを今日知りました!京都市は今日から市役所前に献花台を設置し、また各役所の窓口や地下鉄の駅で寄付金を募っているとのことです。◆今日はずっと遠隔で会議や研修がずっと続き、なんかぼんやり。コンプライアンス研修会というのがあり、面白かったのは民俗学研究が事例に上がったことです。私が学生の頃はほとんど研究倫理という制度がなく、民俗学の場合、地域全体が丸裸になってしまうため、その後調査方法が大きく変わったと思います。とくに族制調査は個人情報を聞き出さないと記録がとれないので、最も難しい領域になっていると思います。でも、当時から調査方法だけでごっつい本があり、それをみっちり勉強し、ヒアリング項目もきちんと設計してからフィールドワークを行っていました。ヒアリングの場合、慣れない人がやると誘導尋問になりやすいため、その点はとくに気をつけたりしていたのを思い出しました。写真は昭和60年に調査した報告書で、私の代で編集したものです。この頃はまだ基本を学ぶだけで精一杯でした。ただ、内容は本格的なものなので、報告書をまとめるのに4年かかりました。つまり卒業してからもずっとやっていて、この挿絵や表紙の切り絵は、私がデザインしたものなので愛着があります。翌年の調査は後輩が編集したのですが、結局6,7年かかったんじゃないかなぁ。ちなみに、同期の友人は埼玉県川口市の学芸員となり、後輩は大分県博の学芸員をしています。二人とも民俗が専門です。代々、誰かが教員か学芸員になっています。その後の研究会では、調査が難しくなっていくのと、報告書をまとめる労力もあり、悉皆調査を大学生が行うことはほとんどなくなりました。ただ、柳田国男先生とその秘書であり学部創設者の鎌田久子先生が創設と運営に関わった研究会でしたので、いまでも存続はしていますが調査活動は十分できていません。学生の頃は、今以上に地域に課題があり、当時は試行錯誤ながらもそれを肌で感じられたことが、今の地域研究に生きているように思います。それから、共同研究の場合は、どうしても分担や編集等でトラブルになりがちなので、私の場合、大学での研究は単独調査を基本としています。とにかく、不正するというのは論外で、また研究成果も大事ではあると思いますが、それ以上に対象者のメリットを少しでも考えることが重要だと思います。情報を取るばかりでなく、何をお返しできるかということ。研究倫理は当然ですが、それ以上に研究道徳を持つように心がけてはいます。たいしたことはできていませんが、研究情報をなるべく公開するようにしているのは、実はその一環でもあります。
│-│-│2022/03/02(水) 21:49│
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