アラカルト

豊臣兄弟はじまる

三連休最終日。今日は成人の日です。実質18歳から成人ですが、20歳で祝うという不思議。調べてみると、諸外国では酒・たばこも18歳からにしている国が多いので、揃えてもいいのではと思ったりします。まぁ、法的な問題よりもしっかりとした人として成長してほしいものです。◆昨日、録画で今年の大河ドラマ「豊臣兄弟」の初回を見ました。私は木下姓なので、よく人から「藤吉郎」と呼ばれたものでした。かつての大河では、下克上や成り上がりといった「成功物語」として描かれてきたのでしょうが、今の時代では「弟」の視点から「人としてどう乱世を生きたのか」という感じで描かれるのだろうと思います。主役の方は全く知らない方ですが、比較的面白いので見続けられそうです。◆昨日は今年最初のヨガ。昨年は2か月に1回くらいしか行けませんでしたが、今年は月2回を目標にしたいと思っています。

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│-│-│2026/01/12(月) 09:12

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音の風景

この連休は全国的に天候が荒れているようで、京都でも朝からものすごい風が吹き荒れています。森ではこの時期、スギやヒノキの枯れ葉が風で飛ばされ散乱します。掃除は大変ですが、これも自然循環です。木々が生まれ変わっているのを感じます。今朝の日経新聞日曜版に「The Art of Listening」と題して自然の音を探して楽しむ人々の特集が組まれていました(詳細は新聞を参照ください)。3年前に森の中に引っ越してきたため、でかけなくても森の音はよく聞こえます。天候によって、あるいは時間によってその音は変わります。冬場は窓を閉め切るので、逆に無音の状態になったりしますが。昨日の朝に外に出たら不思議な音がするので何の音かと耳を澄ましていたら、どうやら木々に雪が積もる音のようでした。とても神聖な感じがしました。日々音の風景を楽しませていただいています。ただ、暗闇の中でガサゴソする音だけには恐怖を感じます…ほとんどが鹿ですが。

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│-│-│2026/01/11(日) 09:19

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学内展示会を開催

後期に担当している博物館展示論/展示デザイン論という授業で、小企画展を行っています。今年は意外でしたが「若者の美術離れ」がテーマとなり、美術に関心がない人に少しでも興味を持ってもらえるような展示にしたいということで実現しました。昨年、ルーブル美術館で宝飾品が盗難にあったことが学生達の企画にかなり影響していたようです。展示は美術館毎(グループ毎)に歴史的・社会的に価値が認められた作品をモチーフに造作し展開しています。また、コンセプト的には「アート思考」や「STEAM教育」への応用も視野にいれたものとなっています。短い時間での制作ということもありクオリティに差がありますが、かなりの力作もありました。

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│-│-│2026/01/10(土) 14:00

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扇山の記憶 〜星になった案山さん〜

昨夜はニュースを見ていてビックリしました。山梨県の扇山で山林火災が起きたとのこと。学生時代に扇山近くの中野という集落に民俗調査に入り(写真はそのときの報告書)、山中には数え切れないほど入りました。報告書を読み返すと、昔から山林火災はあったようで、かつては扇山の峰伝いに防火線があり、村人がその草刈りをしていたと書かれていました。調査をしたときにはすでに防火線はなかったので、人手不足という問題が昔からあったようです。また、扇山は木食上人や案山上人といった行者の修行場でもあったため、その詳細を調べるため民俗学研究会とは別に「扇山文化研究会」を自主的に組織し活動していました。私はとくに「木食白道」の研究に繋がり、その後本を出版させて頂きました。丁度、火災のあった場所は、江戸期の僧である「案山吉道(あんざんきつどう:1608〜1677)」が晩年に居住した屋敷跡(史跡)がある辺りでしょうか、かなり気になっています。案山さんは、生まれるときに難産となり母が自らの命を省みず鎌で腹を割いて取り出したと伝わります。だから、案山の名は「安産」に通じます。彼は晩年、弟子と共に扇山から富士山に登り、そこで即身成仏となります。中野地域には、「案山さんは富士山に登って星(北極星)になった」という話が伝わっていたのを思い出しました。木食上人を中心に研究していたので案山上人の記憶が定かではないのですが、火災の被害にあっていないことを祈ります。

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│-│-│2026/01/09(金) 14:58

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AIによって教育の何が変わるのか

浜岡原発で深刻な問題が起きましたね。今政権ではイケイケどんどんで原発政策が推進していますが、必ず事故は起きます。前に本で書きましたが、原発は事故処理技術が確立されておらず、また最終処分方法もこの15年ほとんど進んでいないいわば未完成技術・政策がまかり通っているのです。最低限の稼働は仕方ないと思いますが、二度と福島の悲劇を生まないためにどうするのかを世界中で考えないといけない問題だと思います。◆昨日はAIに関する研修を受けました。最近こうした研修ばかりですが、AIも所詮機械ですし、できることは限られます。ただ、今後の教育において恐らく「座学」というものが大きく変化します。私の予測では近い将来先生がいらなくなります。そういう学習スタイルがあっという間に広がるでしょう。極端な話し、学校もいらなくなる。ですから、学校の存在意義は座学以外の学びということになります。私がアクティブラーニングで追求してきたのもその点であり、自分で考える、共に考える、プレゼンする力、本物を見る力、フィールドワーク、社会人との繋がり、自分で行動する、自分でつくる、などです。ただ、課題や企画参照としてAIを部分的に使わせることはありますが、あくまで補助的に使わせます(依存させない)。方向性は間違っていないかったなと思っていますし、これまでの思索と実践についてはいつか本にしたいと思っています。一方で、大学はいろんな授業があってよいので、AI利用学習を否定するものではありません。ただ、AI利用は多くの電力を使用し、それが原発稼働の大義名分になっていることはもっと議論すべきでしょう。昨日大きな地震がありましたが、結局また事故が起きでも誰も責任をとらないのですから。

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│-│-│2026/01/08(木) 12:36

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