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古代の暗号を解く −神の棲む場所−

今日も良く晴れたので、人がまず入らない裏山の山中探査を決行しました。その前にセブンイレブン前で写真を撮ります。この辺りの山のことを「鏡山」といいます。また、その前にある天智天皇陵のことも通称「鏡山」と呼ばれています。ただ、どの山が鏡山なのかがよくわからず、地元でも実は定まっていません。山中には一応表示板はありますが、これも根拠がいまいち不明なんです。ご覧のように似たような山が続いているだけで、いままで謎でした。が、その謎はちょっと時間かかりましたが、すでに解けました。鏡(カガミ)というのは、蛇を意味し、ピラミッドのような三角錐をした山は蛇がとぐろを巻いた形として知られており、とくに一番左の山がその特徴をもっていたので、その山のこととばかり思っていましたが、実はもう一つ理由がありました。山並みの形です。ここには、ほぼ同じくらいの高さの山が6つほど連なっています。このクネクネとした稜線を、太古の人は大蛇が這っている姿と考えたようです。つまり、この山全体を称して鏡山だったのです。吉野裕子さんの『山の神』(講談社)には九州の類似例があり、この地域は国内でも非常に珍しい地形であることがわかります。いわれれば「そうか」と思うようなことですが、この古代の暗号を解くのに20年かかってしまった。恐らく左が頭で、右がなだらかに落ちた行くため尻尾でしょう。山並みに加えて三角錐の山、そして鏡石に鏡池。揃いも揃った太古の神が棲む希有な場所だったのです。天皇陵ができたことで、神聖性が薄れてしまったと考えられます。さらに、今は家が建ち並び、景観そのものがよくわからなくなっていて、残念です。さらに、今日はちょっとした発見をしました。台風の倒木で去年立ち入ることができなかったルートを上りました。天智天皇陵の真裏、本圀寺の墓地から山に上がるルートです。ここだけは登っておきたかったんです。未だに倒木が凄いですが、お寺さんが整備されているのか、今日はなんとか通ることができました。ただ、沢を登るルートなので、本当の蛇に2回ほど遭遇し、ヒヤッとしました。薄茶に黒い筋がありました。シマヘビでしょうか、蛇の種類はほとんど知らないので、とにかく避けます。で、中腹当たりにそうとう大きな岩を発見。磐座というにはあまり神聖な感じはしませんが、上部が平らになっていて、周囲の木がなければそうとう見晴らしがよい場所にあります。周りにちょっとした平地があり沢の水もありますから、恐らく古い時代からここは山中の生活拠点だったと考えられます。岩の上には倒壊した小さなログハウスがあり、誰かが作業場に使っていたようです。数年前の台風で壊れたのでしょうか。でも、どう見ても新しい薪が横の広場に置いてあったので、今でも作業に使っている可能性があります。恐らくお寺の関係者かも知れないので、またいつか確認できればと思います。その後、さらに上に進み、一般登山道に合流。広い、歩きやすい。こういう山中探査をしていると、一般登山道が高速道路に見えるのです。さすがにここでは数人の登山者とすれ違う。次に、尾根は異なりますがこの辺りの史跡として「大岩古墳」と呼ばれる円墳の遺跡があるはずなので、その場所を探しに行きましたが、とても斜面が険しく藪が多すぎるため、今回は諦めました。よくこんな場所で古墳を発見したものです。帰りは永興寺方面に降りる登山道を探しましたが見つからず、適当に歩いていたら日向大神宮さんの遙拝所に到着!1月1日のご縁もあり、少し感動。このGWは帰省できなかったので、家族の健康と疫病退散など、いろいろ祈願しました。蹴上げからも電車を使わず徒歩で帰宅。思った以上に歩き回ったので、家に帰ったらパタンとなり、しばらく動けませんでした。まぁ、でも退院してから初の登山でしたが、これだけ動けるようになったのは素直に嬉しいです。滋賀の鏡山にも一度登ってみたい。明日は天気が崩れるようですね。

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│-│-│2021/05/04(火) 22:46

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日々グランピング

絶好の洗濯日和となりました。週末に雨の日が多かったので、久しぶりにベランダを綺麗にしてお布団を干したり。日中、買い物に少し出たら三条通りが大渋滞でした…。天気が良くてお出かけしたいのは分かりますが、これでは宣言解除が遠のくばかり。掛け布団カバーがビリビリになってしまったので、無印で新しいのに変えました。シックな薄茶色をセレクト。最近のはチャック式じゃなくて手軽に取り替えができるよう工夫されています。学生が実習でランプを撮影したいというので、押し入れから引っ張り出したらサビサビでした。少し磨いたらだいぶ綺麗になりました☆今日は家でかなりノンビリできました。うちの部屋の前は緑が広がり、裏は山になっているので、窓を開ければ毎日グランピングをしている感じになります。これから梅雨まではいい季節です。

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│-│-│2021/05/03(月) 21:59

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近江の春へ

連休2日目。今日はびわ湖ホールに行ってきました。「近江の春 びわ湖クラシック音楽祭2021」に参加。電車で行こうとしましたが、朝から雨模様でしたので自家用車に切り替えました。琵琶湖から強い風が吹き付けていましたが、比叡山は新緑を迎えていました。例年とは異なり、コロナ対策の関係で屋外販売、屋外コンサート、キオスクコンサートなどはなく、ひっそりとした感じ。何も考えず、とりあえず当日券のある公演に一つ参加しようと思い、児玉真理さんのピアノ演奏を鑑賞することにしました。大ホールのロビーで山中館長にお会いできたので、昨日の様子などを確認。とくに大きな混乱はなかったようで、コロナ禍でのコンサート開催のモデルがまた一つできたのかなと思いました。曲目は、ベートーベンの「月光」と「ワルトシュタイン」でした。これ以上ないというくらいのレベル。最初から心の底から何から湧き出るような感じを受けました。例年、スタッフで参加していたので、ストレスなく楽しめるのが有り難い。それで、実は隣の席に座っていたのが三日月滋賀県知事夫妻でした。格好からしてオフで楽しまれているようでした。偶然にしてはできすぎている。縁があるんでしょう。ただ、今月知事が出席する委員会にどうしても授業で参加できないため、挨拶がてらお詫びをしておきました。すみません。帰りがけに、ロビーの出店でたまたま見つけた田中彩子さんのCDを購入。彼女は昨年京都で細川ガラシャさんのオペラをプロデュースされていましたが、システムがよく分からず見逃してしまった…。お昼はなぎさのテラスで一番空いているお店で、ササミカツのランチを頂きました。午後は、仕事関連の備品を探したりしてあっという間に夜。休業しているお店が多く困りましたが、なんとか終わったので明日からは完全に仕事から離れられそうです。

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│-│-│2021/05/02(日) 21:53

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普段しないことをしてみる

令和になって丸2年。良い時代になればと思いましたが、災難続き。でも、いつかは終わるでしょうから、気長に待つことにしましょう。◆現像所からフィルムが仕上がってきたとの連絡があったので、二条まで取りに行ってきました。今日から休みなので急ぐ必要もなく、普段とは違うことをしてみようと思い、電車と徒歩で行ってみました。ついでに、電車や町中の混雑具合も確認したかったし。通常のGWなら凄い人出なのでしょうけれど、いつもと変わらないか少し少ない程度でした。帰りは少し遠回りして二条城方面に回りました。途中で映像プロダクションの「元気な事務所」さん前に立ち寄る。卒業生がお世話になっているんですが、電気がついていなかったので、連休にしているんでしょう。そこから急に豪雨にあってしまい、堀川通りに面したイズミヤさんに逃げ込む。風も強かったので足がビチョビチョ。2階にモスバーガーがあったので、雨が止むまでかなり長い時間本を読みながら雨宿り。ついでに、横にあった100円ショップを細かく観察。いつも必要なものだけ見てすぐ出てしまう癖があり、普段こういうお店をじっくりみたことがなかったので、今日は全商品を見て回りました。でも本当に必要なものというのは少ないものです。一つだけ石けんトレーを買いました。今使っているのは水が溜まりやすく石けんの下部が溶けてしまうのと、大きすぎて棚からはみ出ちゃっていました。丁度良い大きさで、しかも珪藻土(けいそうど)のタイプがあり、それだけ買いました。一見300円くらいしそうやけど、110円でした。サイズもピッタリで、下面もサラサラに☆雨が止んでから、とくに入るつもりはなく様子だけ見に行った二条城はやっぱり休城中でした。が、何名か観光客が写真を撮ったりしていました。いろいろ行きたいところはありましたが、こういう時期なのでそのまま電車で帰りました。二条というと感覚的に遠いイメージがあるんですが、電車に乗っていた時間はたかだか12分。近い。普段、どれだけ時間に縛られているかを思い知りました。◆夜に、昨日放送された「るろうに剣心」を録画で鑑賞。最初から「ここ近江八幡やん!」と一人で騒ぐ。滋賀県内でかなり撮影された模様。まったく知らなかった。話題になっているものは見ておくものですね。水戸黄門なんていっても学生は関心を示しませんが、「るろうに剣心」のロケ地といえば少しは興味を持ってもらえそう。そもそも、経営学部の学生は悲しいかな歴史に関心のある人は少ない。主人公である緋村剣心さんのモデルは、攘夷派の暗殺者であった河上彦斎さんだそう。記録が少なく、彼が実際に何人切ったかは不明のようですが、攘夷に反対する人物は片っ端から切り捨てたようです。最後まで意思をまげなかったため、維新後に反乱分子とみなされ捕まり、斬首されます。一方、剣心さんは暗殺者としての過去を捨て、人を切らない道を選ぶというストーリーです。ただ、考えてみればそれを実践していたのは先の山岡鉄舟さんです。彼は剣の達人であったものの人を切らず、晩年には自ら道場を開き「無刀流」という流派を創始します。刀に頼らない剣法を世に生み出したのです。彼いわく、「敵とあい対する時、刀によらず心を持って心を打つ。勝負を争わず、心を澄まし胆力を練り、自然の勝利を得る」とのこと。江戸無血開城をなし得たのも、こうした精神を常に高めていたからで、映画の意図と相通ずるところがあるようにも思いました。

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│-│-│2021/05/01(土) 23:11

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転機になった授業

明日から5連休。ジムも完全休業になってしまったし、体がなまる。誰もいない山でも登ろうかなぁ。◆昨日は授業の事を書きましたが、私の場合とても転機となった授業があるので、今日はそのことについて少し書いておきます。もともと文化・芸術系のモチーフが好きで、その延長で美術史を専攻しました。いろんな芸術や文化に触れることは好きでしたし、いろんな地域にでかけました。ただ、大学や大学院の講義の中で、とくに美学的な話はもちろんのこと、かなり抽象的な様式論やその意味についてなんとなく疑問を感じ、いろいろ悩んだ結果、いったん美術史からは離れることにしました。民間企業で働いていた1991年のこと、新聞を読んでいたら慶応大学で「アート・マネージメント講座」「アート・プロデュース講座」を開始するとありました。今からちょうど30年前のことです。感覚的に「これだ!」と思いすぐに申込み、1期生として受講しました。ものすごい衝撃でした。同期には、長年神奈川県横浜市の文化政策を担った野田邦弘さんがいました。彼とはほとんどお話はしませんでしたので、先方は忘れていると思いますが。仕事しながら大学に行っていたので大変でしたが、非常に吸収力があったのを覚えています。今でも当時の講義ノートを大切に保管しています(写真)。授業では、講師の先生にシビアな質問等を常にしていたので、今思うと当時はかなりとんがっていた印象があり、担当の美山先生には大変ご迷惑をかけてしまいました。まぁ、それだけ真剣だったのです。この講座を受けていなかったら、今の私はなかったでしょう。私が本当にやりたかったのは、文化財(=過去を対象)ではなく、文化創造(=未来を対象)をしたかったのだと、はっきり認識できました。文化財も嫌いではないし、今でも好きですが過去を過去のままにせず、未来に繋げる視点が欲しかったのだと思います。当時はそうした学問分野がなく、この後に文化政策という分野が日本のあちこちで花開いていくことになり、それが広がって地域振興と結びついていくのです。未だに迷路を走っているような感覚がありますが、あの頃の何かが生まれ出る瞬間に立ち会えたことは、とても有意義なことでした。人はそれぞれに興味関心がありますが、「これだ!」と思えるものに出会えることができたら、それこそが「幸せ」なのかも知れません。

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│-│-│2021/04/30(金) 21:55

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