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アラカルト雨の七夕陶灯路今日は夕方から雨足が強くなり、学内で予定していた「七夕陶灯路」を縮小して実施せざるを得ませんでした。私の記憶ではここまで雨が強くなったのは初めてのことと思います。それでも学生達は綺麗に演出を行っていましたし、予定していた演奏会やお茶会なども場所を移しましたが、逆に外に出にくいので大盛況でした☆美しさが写真で伝わりますでしょうか。今回はさすがに講演会が重なったり、急な対応が多かったので、ゆっくり楽しむ余裕がありませんでしたが、雨天時の対応について考えるよい機会になったと思います。このような天候にもかかわらずお越し頂いた方、雨の中一生懸命準備や片付けをしていた学生達、忙しいのにもかかわらず駆けつけてくれた卒業生達、黙々と作業をされていた職員の方々、ほんとうにお疲れ様でした。みなさんの願いが叶いますように。ずっと気を張っていたので、家に帰ったらぐったりでしたが、チョコドーナツで復活しました☆
│-│-│2016/07/08(金) 22:52│
アラカルト元伊勢籠神社・真名井神社今日は七夕。どうしても行きたい場所がありました。天橋立です。ここは観光地と思われがちですが、かつては元伊勢籠神社の禁足地でした。ここを渡ることで天に行くことができる、そう信じられていました。地図ももたず突然行ったにもかかわらず、たまたま地元の古代史研究家であります伴とし子さんという方にお会いすることができ、これまでの疑問をぶつけてみました。彼女は伝承学を理解しており、やはり此の地にもニギハヤヒ(彦火明命)、セオリツヒメ(市杵嶋姫命/和魂)、スサノオ(豊受大神)が隠されているとのこと。かごめ歌はこの地が発祥でして、籠に閉じこめられた「鳥」はまさにこのことと実感しました。夜明けの晩、つまり7月7日の午前1時にここ(亀)と伊雑宮(鶴)の祭神が隠されたことを意味していると考えています。後ろの正面は豊受大神のことです。昔の人はわかっていても暗示歌でしか残せなかったのでしょう。余談ですが、七夕に現れるモチーフとしての彦星、織姫、牛は、それぞれ仲を引き離されたニギハヤヒとセオリツヒメ、そして牛頭に習合されたスサノウが隠されているのかも知れません(これはちょっとこじつけ)。少なくとも、今後全国で何かが見つかる予感がしてなりません。真名井神社からは明らかに特殊なエネルギーを感じましたので、いろいろとお祈りをいたしました。お昼はたまたま立ち寄った天橋立ワイナリーという所でバイキングを頂きました☆パノラマで鑑賞しながら食べられるので、とってもオススメです☆
│-│-│2016/07/07(木) 23:41│
アラカルト京の川床料理先月の3日に那智勝浦町と包括協定を締結しましたが、今日は町の人たちが京都に起こし頂いたので、夕方から川床料理を楽しみました☆初めてお会いする方もおり、いろんな話で盛り上がりました。町も厳しい状況のようですが、今年は8月6日〜8日に約50人の学生を引き連れて訪問する予定ですので、双方にとって発見のある体験になればと思います。ありがとうございました☆
│-│-│2016/07/06(水) 23:35│
アラカルト暑き京都日中の車載温度がなんと40度!今日は暑すぎました。まだ7月5日なのに、夏を越せるのでしょうか。震災以降、エネルギー問題を考えながら人体実験をしています(よい子は真似しないように)。こんな暑い日でも扇風機です。家でも職場でもよほどでないとエアコンはつけません。が、今日はさすがにどうしようか迷う感じでした。もちろんお客様がいるときはつけます。機材もいろいろ研究しながら、いま使っている扇風機は最小設定なら1ワットのみで動く扇風機です。それほど暑くないときは扇子。これは20年も使っている愛用品です☆日本人は世界平均の3倍も電力を消費しているので、いつか破綻する日がくると思っています。が、熱中症になっても困りますので、健康には気をつけながら耐性をつけていきたいと思います。ところで、今日は学内生協でグリコのキャンペーンが開催されていました。ポッキーの風船をクジにして商品を買わせるマーケティングです。グリコは誰でも知っている有名な企業ですが、それでもこんな面白い企画をされているんですね。プレゼンや展示の勉強になりました。久しぶりに食べたビスコ。味の幅が広がっていて驚きでした。非売品でもらったチョコレートは持ってくる途中、この暑さで全部溶けてしまっていました(笑)
│-│-│2016/07/05(火) 22:58│
アラカルト古墳にコーフン?バングラデシュで亡くなられた日本人の方達の経歴がテレビで紹介されていました。ご冥福をお祈りいたします。なぜ現地で地域貢献をされているような人たちが犠牲にならなくてはいけないのでしょうか。理不尽さを感じてしまいます。ところで、先週NHK歴史秘話ヒストリアという番組で「コーフン! 古墳のミステリー」と題した放送を録画で見ました。今古墳がブームなんだそうです。以前から前方後円墳の形式についてはある仮説をもっていたのでじっくり見ましたが、なんと最近は「壺型説」というのが有力だそうです。テレビを見ていてちょっと呆れてしまいました。壺をあそこまで巨大化しますかねぇ。私は考古学者でも古代史学者でもないですが、震災の調査を契機として、東北の縄文文化に触れるようになってから、いろんなインスピレーションを受けました。古墳もその一つです。有名な前方後円墳は、名前からして円が後ろのように思われていますが、恐らくこれは反対で、形からすると「前円後三角墳」であると考えています。後ろは明らかに三角なものがほとんどです。なぜ三角か、なぜ円か。それは古墳時代だけ見ていてもわからないのです。縄文・弥生時代の生死観と文化をみていると分かってきます。とくに縄文時代特有の円と三角の概念があります。それが弥生時代のあるものに転化をされ、古墳時代に巨大墓として出現します。ここまで書いて分かった人はたいしたものです(答えはまたいつか)。ただ、それを論証するには縄文期における多くの発掘成果が必要になるので、自分が生きている間に立証するのは難しいでしょう。昨日は漢字ミュージアムに行きましたが、縄文人が文字を使っていたら歴史も大きく変わっていたことでしょう。彼らはあえて文字を使わなかったのです。文字よりも言葉(言霊)を大切にしていた人々だったのです。恐らく大和ことばは1万年以上前から存在していた世界的にも古い言語だと私は考えています。だから天智朝の時代に中華政策がとられて漢字を押しつけられても、言葉を捨て去ることはできなかったのです。写真はこの前美濃加茂文化の森で買った「古墳消しゴム」です☆こんな商品まであるんですよ!
│-│-│2016/07/04(月) 23:17│
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